Pickup Creator取材記事

一級建築士・MuFF 今津修平

一級建築士・MuFF
今津修平

 

業種・世代の壁を越えて、チームを編成する術とは?

 

|プロローグ

 

2005年にMuFFを設立以来、プロジェクトごとにチームを編成し、住宅からオフィス、商業施設などの設計・監理を行ってきた建築家の今津修平さん。神戸の学生や行政、多業種の人たちとどのように関わって、設計事務所の新しいあり方を模索してきたのか。神戸で躍動するプラットフォーム「COCCA」や、昨年購入したと噂の「山」のお話も伺います。

 

|プロジェクトの多様性

 

ー住宅専門の設計事務所も多いなかで、MuFFは幅広いジャンルで設計のお仕事をされていますね。

今津:住宅やマンションリノベーション、商業施設も多く、道の駅や農業施設にも携わっています。今はかなり多様な用途の建築設計を行っていますね。でも、大学卒業後に入社した設計事務所は、パチンコ店の設計ばかり手がけるところだったんですよ。まずは大きなプロジェクトを進める流れを学びたかったから、その頃はジャンルにこだわりがなくて。その後は東京の小さな事務所に入って、経営のやり方を近くで見て、26歳で独立しました。

ー独立した当初から、仕事の幅はありましたか?

今津:いや、選べるほど仕事はなかったので、とにかく来た仕事をすべて受けていました。営業ではないですけど、異業種の人と飲みに行っては雑談して「仕事あったらくださいね」とよく言ってて。商売や教育、音楽、お笑い、下ネタ…。仕事以外でも“共通言語”で話せる関係って大切です。僕自身、仕事は依頼内容から提案を練り上げていくタイプではなくて、まだイメージが固まっていない段階から雑談を交わしてつくっていくタイプ。「あの人、建築家だけど話できるよ」と紹介が派生していって、経営コンサルタント、パン屋、不動産開発、と異業種の知り合いが増えて、必然的に携わるプロジェクトが多様化していきました。

ー雑談のなかで自然とヒアリングしているんですね。住宅設計の場合は、クライアントと家族の関係性や距離感についてもよく話しますか?

今津:めちゃくちゃ訊きますし、「時間軸」を持って設計するように心がけています。たとえば、ある期間は子ども部屋だとしても、時が経てばまた別の過ごし方ができるファジーな(あいまいな)空間をつくるとか。限られた予算のなかで空間を最大化するために、時間軸のなかで住む人の変化に対応していける枠を共有空間に表出させる形で設計するのが、自分の仕事だと考えています。こちらのプロジェクトも、そういった要素のある例ですね。

2016年に設計した、芦屋市にあるマンションのリノベーション。

 

ー奥への抜け感がとても印象的ですね。どんな物件でしたか?

今津:ここは築40年の細長い分譲マンションの一室で、ひとつある廊下にいろんな部屋が横にぶら下がっている構造でした。分節された部屋をつないで表れたのが、縦に走る3つの動線。元々あった横の関係性に縦を増やすことで、動線の階層が消えてさまざまな動線が生まれ、見える景色も広がっています。家族の距離や過ごし方も多様化するように意識しました。あとは、既存のパーツをできる限り使おう、というプロジェクトでもありましたね。躯体に使われていた材種もさまざまで、色や質感も日当たりの状況によってばらつきがある状態だったんです。設計者のクセとしてそうした要素を集約していく思考プロセスがあるものの、極力捨てずに再構成することにクライアントや協働設計者の北川浩明と挑戦しました。

ーいろんな使い方を受け入れてくれそうな空間ですね。

今津:使われてナンボ、じゃないですか。設計したイメージのまま出来上がるのは当たり前に感じる、というと言い過ぎかもしれませんが、使われ方が思いもよらなかったとき、自分のイメージを超えた光景が広がっていたときに僕は感動します。この家にまた別の人が入ったとしても、設計者としては引き続き住み続けられるように考えたいですよね。建築は世のなかにドーンと大きなもの、強いものを置くので、住み継がれる・使い続けられるような強度あるものにしたい。いつも思っていることです。

 

|思いきって神戸へ

 

ー神戸にオフィスを移されたのは、2014年ですね。キッカケは?

今津:学生のころは神戸の大学に通っていて、東京に12年間暮らして戻ってきました。大きなキッカケは3つあって、「東日本大震災」「東京オリンピック」「子どもの成長」です。2013年9月のある日、一緒に飲んでいた友だちに「来年、息子さん小学生に上がるんやろ。神戸帰んの?」と言われて。神戸にいつか帰ろうと思っていましたが、まさかそのタイミングとは考えてもいなくて。でも、それもありだと思わせたのは震災とオリンピックでした。東京での開催が決まった当時、震災からの復興も半ばなのにここでオリンピックか、という違和感がすごくて。心のどこかで東京を離れたいな、と思っていたんです。

ーご家族にも相談されましたか?

今津:その日帰ってすぐ、嫁さんに「神戸に引越すか、東京に住み続けるか、決めてええで。どうする?」と訊きました。11月になっても返事がないのでもう一度確認したら、「あれ、私言ってへんかったっけ。神戸に住むって」と言われまして。小学校入学まで4ヵ月間くらいしかないから、あわてましたね(笑)。

ー無事に神戸へ引越されて7年ほどになりますが、住み心地はいかがでしょうか。

今津:いや、ほんまにええ選択したなって。もとから街は好きやったし、コンパクトなところがいいですね。神戸は20分ほど車で走ったら山にも海にも行ける。西宮市出身の嫁さんも、東京にいたときはどこか緊張していたようだけど、すごく表情が和らいだ。土地に根ざした人の気質が合うし、街がコンパクトなので人と知り合うスピードも早くて、仕事環境はすぐに整いました。人生がめちゃくちゃ変わったと思います。

神戸市灘区、六甲山のふもとにある自宅。今津さんの設計でリノベーション。

 

|業種の垣根を越えて

 

ー神戸に移り、2017年からは業種の垣根を越えて集まった「COCCA」というプラットフォームに参加されていますね。

今津:はい。COCCAは単なるグループではなくて、多業種・多世代の人と関わって共創していくための枠組みです。株式会社MuFFとして独立してから今年に入るまでスタッフは雇わず、COCCAを介してプロジェクトごとにチームを組んできました。COCCAとしての活動の拠点はありませんでしたが、2018年になってJR三宮駅から近い二宮という下町エリアにフリースペースをオープンしました。今まさにお話しているこの場所です。スペースづくりの初期メンバーは、建築家2人、クリエイティブディレクター、アーティストの4人です。

今回の取材は大人の部室といった雰囲気もあるCOCCAで。

 

ーこちらのスペースでは、食を軸にした講座や幅広いジャンルのトークイベントなど、いろんな催しも開かれていますよね。元々、プラットフォームとしてのCOCCAはどのような経緯で生まれたんですか?

今津:小さい起業家にとって、人を雇うかどうかって頭を悩ますところです。業務の1から10までを自分ひとりでできてしまう業種だとなおさら、分業化って難しいもの。設計事務所において、手となり足となる人を雇うのは一般的な経営方法ですが、そういう体制は取りたくなかった。であれば、独立した個人とチームアップしていくのは自然な流れでした。双方ともに時間が空いている場合は手っ取り早く外注という形態にするもよし、面白そうなプロジェクトであればジョイントしていくもよし。あるべき設計事務所の経営スタイルのひとつかな、とも思っていました。そこから派生して、「異業種の人とも関わっていけるひとつの枠組みがつくれないか」という建築家仲間との雑談を経て、たくさんの仲間を呼んで居酒屋で話したのが始まりですね。

ーキッカケは居酒屋会議だったんですね(笑)。

今津:そうそう、20人くらい集まってサミットしましたね。当初からCOCCAを共同で運営している北川浩明がよく言っていたのが「オープンエンド」というコンセプト。「閉じずに開きつづける」「終わりがない」「拡張しつづける」という考えです。じゃあ、それをひと言で表すならなんやろって話し合って出てきたのが、括弧を裏返したイメージでした。括弧を閉じずに、開く。カッコ、カッコ、カッコ…、と言い続けたら、COCCAになる。「コッカプロジェクト」って居酒屋とかで話してたら「あの人たち、国家プロジェクトの話してる!?」って思われるから楽しいなって(笑)。

COCCAを説明するイメージ図。

 

ー参加されて4年が経ちました。振り返ってみていかがでしょうか。

今津:進化しつづけている、と感じます。初めは仕事で協働するグループやコミュニティと捉えていた人もいました。今の定義だとそうではなくて、次の世代に向けて場所や価値を引き継ぐための枠組みにしようとしています。最終的に僕らはいないかもしれないけど、COCCAというプラットフォームが残ればいい。老若男女問わずに対話が生まれ、目には見えないものごとを大切にできる場所になればいいなと思います。

ー地域のクリエイターの集まりって閉鎖的になりがちですが、COCCAは意識的に間口を開けているイメージがあります。主催のトークイベントでも、テーマを幅広く変えていますよね。

今津:その意識はありますね。今は「COCCA f」という討論の場を開いています。「f」は、function(機能)、fermentation(発酵)という意味。持ち寄った種みたいなものを深く掘って、関係性を生みながら発酵していく場です。毎月2回あって、バリバリ社会人としてやってきた人たちの回と、20代前後の若い人たちの回です。ちなみに昨日は、神戸芸術工科大学を卒業して刃物職人になった人がファシリテーターになり、「工芸と工業」というテーマで議論しました。最近は学生の参加者が多いかな。関西学院大学、神戸芸術工科大学、同志社大学、甲南大学、千葉大学…。東大阪で学生専用のシェアオフィスを運営している学生もいますし、オンライン参加の人も。多種多様な参加者たちが、また新たな人を呼んでいます。

ー行ってみたいのですが、若い人の回におじさんが行っても大丈夫ですか?(笑)

今津:いえいえ、多世代ということが大事なのでぜひ来てください! 学生ばっかりはよくない。僕は毎回参加したいし、若い人の考え方に刺激を受けることもあります。僕が考える大人のミッションって、若い人に「大人って楽しそう!」と感じさせること。自分が大学生のとき、まわりに大人がそんなにいなかったんですよね。だけど、面白い大人って本当はたくさんいる。40歳、50歳以上になってもまだまだ人生楽しそうって思えたら、彼らの年齢であれば向こう20年くらい、ポジティブな想像力が働くじゃないですか。あんな風になりたくないな、と思うのもいい。大人のサンプルをたくさん見てもらう場にしたいです。

トークイベント「COCCA f」の様子。

 

|次の世代に残すもの

 

ー大人って楽しそう。今津さんの活動を見ていたらそう思えますね。昨年、山を購入されたと聞いてワクワクしました。そのお話もぜひお聞きしたいです。

今津:ああ、神戸市北区の里山の話ですね。耕作放棄された田畑や山林、廃屋状態の空き家など、合わせて17,000平方メートル以上の広大な土地を買いました。数年前から「自由に使える土」がほしいと思っていたんです。なぜなら、土があれば食べ物ができるから。個人的にも社会の不安定さを感じるなかで、食べ物をつくれるのってお金を持っている以上に大事なことなんじゃないか、と思い始めていたんです。それで、庭にもなる山を買うつもりでしばらく探していました。そうしたら、数年前に目星を付けていた山がまだ売れていなくて、しかも値段が下がっていることを発見してしまった。その後はもう何も考えず、税理士さんに「買います」と言ったら案の定止められて(笑)。法人で業績も安定しているわけでもないのに、不動産を持って現金化できない資産を抱えるとはどういうことだ、と。嫁さんにも「どういう価値があるのかわからない」と問い詰められました。

ーどうやってご家族を説得したんですか?

今津:嫁さんには「これは我が家の“義務教育”や」という話をしました。子どもたちが自然とがっつり対峙して土地を整備する経験って、なかなかできないことです。「別荘を持ってる友だちはおるかもしれんけど、別荘をつくってる友だちはおらんやろ。草刈り機を振りまわす中学生もそうそうおらんで。相当価値があることやからやろう」って。子どもには「大学で勉強しながら、週末はお米をつくってたら、めちゃくちゃカッコよくない?」って話しました。複数の仕事を持つのが当たり前な時代が来れば、たくさんの専門性を持っていることが大切になってくるので。それに自分の子どもだけではなく、いろんな子どもが里山に来てほしいと考えていました。場を持つことで、そういった関わりも可能になる。後々振り返れば、僕にとっても家族にとっても人生の転機になると感じていました。

COCCA計画
所有する里山の航空写真に四半期目標を載せた図。2020年8月、SNSに所信表明として掲載した。

ー今はご家族総出で里山づくりをされているんですね。

今津:嫁さんも「買うと決めたなら、どんなことがあっても毎週行こう」と言ってくれて。購入した7月から半年ほど経ちましたが、毎週末休まずに整備しに行っています。先週は雨だったので工事の状況を見るだけだったんですけど、息子は「草刈りしたかったのになぁ…。雨止むの待って、やらへん?」って言ってましたよ。山林や田畑が彼らのフィールドになって、思いどおりにいかない自然と向き合ってたくさんの“予定不調和”を学び、生きる術を身につけていってほしいです。

ーお子さんも楽しみにしてるんですね。今はどのような整備状況ですか?

今津:廃屋に関しては兵庫県の空き家活用支援事業に申請して、里づくりの拠点施設という用途で改修工事の助成金をいただいています。それで屋根を修復したり、共有キッチンや、男女別のシャワーブースとトイレをつくったり。今後いろんな人が使えるように、最低限の整備を進めています。とにかく荒れ放題な土地だったので、竹を刈ったりと、ひとまずは“引き算”している状況です。

ー里山での活動は、普段の仕事でのアイデアづくりに活かされそうですね。

今津:僕にとっては、ゴミと思われているものの価値を見直す実験の場でもあります。いま特に興味があるのが、大量生産・消費の時代に人間の営みで出てきたゴミや廃棄物。その代表的なものが、空き家・空き地です。この里山も10年以上放置されていた場所で、空き家の内も外もゴミだらけ。でも片づけながら、ゴミと見られているものからゴミではないものを発掘して、資材として活用することは重要な取り組みだと気づきました。

ー実際に発掘して活用されたものはありますか?

今津:JR三ノ宮駅中央改札南側に「Street Table」という期間限定のアウトドアホールがありまして、そこの屋台の設計施工プロジェクトで里山の竹や廃木材などを使いました。学生6人と設計メンバー3人の計9人のチームで、竹の油抜きや土壁の調合、麻紐と竹のくさびによる緊結、竹小舞(細く裂いた竹で組む土壁の下地材)づくりなど、日本の伝統的な工法にも挑戦しました。これはCOCCAのプロジェクトとして取り組んで、すべて廃材でつくったんですよ。里山から資材を調達してもいいし、里山でタケノコを掘るイベントをしてもいい。エネルギーに興味がある人が来て、バイオマスエネルギーの実験をしてもいい。今は、廃材を集めて生産・加工するための倉庫をつくれないか、と考えています。活用の可能性はとてもありますね。

ーそうした活用の可能性を見出すことも、空き家問題においては重要ですね。

今津:今年からは、空き家にかなり力を入れてやっていこうと考えています。空き家が流通していかないのは、空き家の利活用の仕方が、使い手には具体的に見えていないからです。僕らの強みは、空き家という資源の活用法を「見せる」ことができること。街のなかにも、郊外の住宅地にも、空き家はあります。不動産の取り扱いもできるよう体制づくりをして、空き家の発掘から市場に出すまで、セルフプロジェクトとして学生や行政とも関わりながら取り組むつもりです。

ーMuFFとしてつくる住宅も、COCCAというプラットフォームも、里山も、多種多様な人と対話しながら「次の世代に何を残すか」という設計をしている点が共通しているように感じます。

今津:残したいですね、せっかく資源や労力を使って建てたものだから。自分が建てたものではないから壊す、というのは無駄というか、愛がないじゃないですか。よくない意味での“消費”はしたくないし、僕自身もされたくない。使えそうなものは引き継いでいけばいいんです。これはあくまで暫定ですけど、僕の理想的な建築家像があります。たとえば100年後に、誰が建てたかわからない建物がたくさん残っている。よくよく調べてみたら、その多くがある無名な建築家によるものだった。自分が死んだ後にそんな風に残るものがあれば、カッコええんちゃうかなって思います。


ーありがとうございます。最後に神戸のオススメの場所を教えてください。

今津:2017年に設計で携わった薪焼きイタリアンのお店「erre」。北野坂からすぐのところにあります。コンセプトから一緒につくったこともあって店の人の穏やかな空気感が内装に表れていますし、何よりおいしいです。あとは、2020年オープンのフレンチレストラン「fusible」。こちらは設計監理を担当しました。JR元町駅から徒歩5分ほど。ひとつのコースのみで、ペアリングは絶対オススメです。